山本周五郎を模倣し、江戸時代の武士の姿を描いた完全オリジナル小説『落日の士(サムライ)』第五十六章

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――第五十六章 流れた一枚――

 水へ落ちた紙は、もう戻らぬ。

 そう思った瞬間ほど、人は浅くなる。伊織は、板敷きの端から黒い水面を見下ろしながら、自分にそう言い聞かせた。流れた一枚はたしかに惜しい。だが惜しさに心を取られれば、手の中に残った紙まで軽くなる。いま大事なのは、流れた一枚を悔やむことではなく、残った紙と、押さえた口と、逃げた表具屋の主を一つの筋に結ぶことだ。

 弥之助は、板の上に組み伏せられたまま笑いを引っ込めた。

 その笑いはもう、強がりではなかった。どこか諦めに似ている。だが諦めきってはいない。紙の敵は、息がある限り「まだどこかへ届く一枚」を信じる。だからこそ厄介なのだ。

 新兵衛が、弥之助の腕を後ろへねじ上げながら言った。

「主は裏から抜けた。寺の坊主も一人は押さえたが、あとの小僧は散った」

「散るのはいい」

 伊織は、濡れた紙を重ね直しながら答えた。

「いま欲しいのは、紙を選り分けていた者より、通す筋だ」

 弥之助が、そこで口の端を少し上げた。

「筋、ね……」

「何が可笑しい」

 伊織が低く言うと、弥之助はゆっくり目を細めた。

「お前は、もう紙の理で喋る」

 その一言が、胸に少しだけ刺さった。
 伊織自身、気づいている。
 剣で斬るより前に、流れ、筋、止める手、通す手――そういう言葉で考えるようになった。
 必要だからそうなった。
 だが必要であることと、そこへ呑まれぬことは別だ。

「喋るのはいい」

 伊織は紙束を抱え直した。

「だが書き換えはさせぬ」

 弥之助は、それ以上何も言わなかった。


 表具屋の中を改めると、思った以上に“寺らしい”ものが揃っていた。

 写経に使う紙。寺子屋の手習い帳。薄い経本の表紙。どれも本物だ。そこに紛れるように、寺納めの札がついた白紙と、控え文の下張りに使う古紙が混ざっている。つまりこの店は、完全な偽りではない。真っ当な商いの上へ、少しだけ流れを乗せていたのだ。

 少しだけ。
 その“少し”がまた胸を重くする。

 新兵衛が、店の奥の箱を蹴って蓋を開けた。

「おい、こっちも見ろ」

 中には、寺の名を書いた木札が十数枚入っていた。
 《養源寺》
 《善福院》
 《西徳寺》
 《松林庵》――。

 どれも大寺ではない。寺子屋や施しを持つ、中くらいの寺ばかりだ。

「寺社筋は一つじゃなかったか」

 伊織が呟くと、新兵衛が鼻を鳴らした。

「そりゃそうだ。寺一つ潰れても、隣の寺が紙を受けりゃ済む」

 つまり、寺そのものが悪いのではない。
 紙を納める筋が、寺の“何でも受けてしまう顔”を利用しているのだ。
 そう考えれば、養源寺の若い僧も、もしかすると全部は知らぬのかもしれない。寺子屋用だと思い、紙を受け、札の通りに渡すだけ。そこでもまた、“折るだけ”“運ぶだけ”“少しだけ”が重なっている。

 弥之助を起こし、伊織は問うた。

「寺の札は誰が振る」

「表具屋の主だ」

「名は」

「嘉兵衛」

「表具屋の主か」

「表はな」

 弥之助は、そこで喉の奥で笑った。

「表具屋の嘉兵衛。紙を見て、寺へ札を振る。だが本当の役は、札を“分ける”ことだ。寺ごとに違う顔を使い分ける」

 伊織は木札を一枚ずつ見た。
 札の字は同じ手だ。
 だが札の木肌が違う。
 新しいものもあれば、何年も使っているものもある。
 つまり、この筋は今日始まったものではない。
 内膳や土井のずっと前から、細く続いていたのかもしれぬ。

「嘉兵衛はどこへ逃げる」

 伊織が問うと、弥之助は少し黙った。

「……寺だ」

「どの寺だ」

「分からねぇ」

 新兵衛が、すぐに拳を振り上げかけたが、伊織が手で制した。

「本当に分からぬのか」

「知ってるのは“最後の口”だけだ」

 弥之助は苛立ったように言う。

「嘉兵衛は札を振る。寺は札の通りに受ける。寺から先の紙が、どこへ渡るかを知るのは、もう一つ上だ」

「また上か」

 新兵衛が舌打ちする。

「次から次へと出やがる」

「出るのではない」

 伊織は静かに言った。

「最初から層になっている」

 火をつける者。
 帳面を動かす者。
 白紙を通す者。
 札を分ける者。
 そして、寺や町に“それと気づかれぬ顔”で紙を置く者。
 どこか一つを斬れば、それで終わると思っていた頃が、遠く感じられた。


 表具屋を出た頃には、日はすっかり傾いていた。

 弥之助は岡野へ引き渡すことにした。岡野は主水の別筋へ通じている。主馬や城中へこの名をすぐには流したくない以上、それが最善だった。幸い、岡野へ使いを飛ばす先は近い。

 だが紙束と寺札は、自分で持って帰ることにした。主水に出す前に、寺で一度広げたかった。お澪の目も、老僧の目も借りたい。それに――寺社筋に寺の者として向き合うには、まず戻る場所の寺で、どこが違うのかを確かめねばならぬ気がした。

 新兵衛が、紙束の一部を抱えながら言う。

「重いな、これ」

「紙は軽いはずだが」

「そういう話じゃねぇ」

 新兵衛は肩をすくめる。

「重てぇ紙は、だいたいろくでもねぇ」

 伊織は少しだけ笑った。
 その通りだった。
 白紙であろうと、札であろうと、そこへ人の都合が染みた時、紙は妙に重くなる。


 寺へ戻ると、夕餉の支度が始まっていた。

 母が味噌汁を温め、志乃が漬物を切り、お澪は囲炉裏端の小机を片づけている。老僧は庭から戻ってきたところだった。門をくぐった伊織と新兵衛の腕いっぱいの紙束を見るなり、志乃が目を丸くした。

「兄さま、また紙ですか」

「また紙だ」

「味噌より増えてますね」

 その言い方に、新兵衛が吹き出した。

「だろ。俺もそう思った」

 母が紙束と二人の顔を見比べる。

「火は?」

「つかなかった」

 伊織が答えると、母は小さく頷いた。

「ならよかった」

 それだけで済ませるのが、母の強さだと伊織は思う。大きな話も、小さな話も、まず“火がつかなかったか”で量る。暮らしの根は、そこにあるのだろう。

 紙束と寺札を囲炉裏端へ広げると、お澪がすぐに膝を寄せた。

「寺の札……」

 木札を一枚ずつ見て、指先で木肌をなぞる。

「何か分かるか」

 伊織が問うと、お澪はしばらく黙ってから言った。

「この札のうち、二枚は本当に寺で何度も使われたものです」

「二枚?」

「《養源寺》と《西徳寺》です。角が丸く、木の脂が抜けています。けれど、ほかはわざと古く見せています」

 伊織は眉をひそめた。

「つまり」

「本当に紙が出入りしている寺と、札だけで“あるように見せている寺”が混じっています」

 老僧が、そこで低く言った。

「よい寺ほど、都合よく使われるとは限らぬ。使いやすい寺もある」

 伊織は老僧を見た。

「違いは何です」

「人が戻るか、物が流れるかだ」

 老僧は札を見ずに言った。

「戻る寺は、来た者を見ている。流す寺は、来た物だけを見る」

 その言葉に、伊織は深く頷いた。
 たしかに養源寺の若い僧は、紙束しか見ていなかった。
 誰が持ってきたか、どこへ渡るか、その先の顔を見ていない。
 そういう寺は、戻す場所ではなく、ただの通り道になる。

「《西徳寺》……」

 お澪が木札を見つめる。

「この字、少し変です」

「変?」

「寺の正式な札にしては、”徳”の旁が省かれています。急いで書いた字ではありません。最初から、そういう癖の字です」

 伊織は札を受け取った。
 たしかに、わずかだが癖がある。
 寺の看板の字とも、養源寺の札の字とも違う。
 もしこれが“本当に使われた札”なら、その字を書いた者がどこかにいる。
 寺の中か。
 あるいは、その寺へ紙を受けに来る誰かか。

「西徳寺へ行く」

 伊織が言うと、新兵衛が顔を上げた。

「明日か」

「明朝」

「早ぇな」

「札が本物なら、向こうもまだ気づいていない」

 老僧が小さく頷いた。

「寺の顔を見よ」

「顔」

「札でも紙でもない。そこにいる者の顔だ」

 老僧の言葉に、伊織は素直に頭を下げた。
 帳面と紙と札ばかり見ていると、寺もまた“口”としてしか見えなくなる。
 だが寺には、戻る者もいれば、流す者もいる。
 その違いは、結局は人の顔に出るのだろう。


 夕餉のあと、母がぽつりと言った。

「西徳寺なら、昔一度だけ行ったことがあるよ」

 伊織は箸を止めた。

「母上が?」

「志乃が小さい頃、風邪をこじらせてね。あの辺りで薬草を分けてもらったことがある」

 志乃が「そんなことありましたっけ」と首を傾げる。

「覚えてないだろうね。熱が高かったから」

 母は淡々と言い、それから少し考えた。

「立派な寺じゃなかったよ。貧しい寺だ。だが庫裏の坊さんが、妙に紙を大事にしていたのを覚えてる」

 紙を大事にする坊主。
 薬草を分ける寺。
 貧しい寺。

 伊織の胸に、小さな引っかかりが生まれる。
 貧しい寺は、紙一枚でも無駄にせぬ。
 だからこそ、紙の流れに触れやすい。
 だが同時に、紙を“物”として大事にする寺は、戻す場所にもなりうる。
 どちらなのか。
 それを見に行かねばならぬ。

「母上」

 伊織が言うと、母は味噌汁の椀を片づけながら振り向いた。

「何だい」

「西徳寺は、戻る寺だと思いますか。流す寺だと思いますか」

 母は少し驚いたように目を瞬いたが、すぐに笑った。

「行ってみなきゃ分からないよ」

 そして、付け足した。

「でもね、薬草をくれた坊さんは、人の顔を見ていた」

 その一言が、伊織には十分だった。

 札がどうであれ、流れがどうであれ、少なくともそこに一人は“人を見る坊主”がいた。
 それが今も同じかどうかは分からない。
 だが、何もかもが口だけになっているわけではないと知れただけで、少しだけ胸が軽くなる。

 波瀾万丈の物語は、次に西徳寺へ向かう。
 戻る寺か、流す寺か。
 その境目を、また一つ見に行くのだ。

(第五十七章につづく)

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