山本周五郎を模倣し、江戸時代の武士の姿を描いた完全オリジナル小説『落日の士(サムライ)』第八十六章

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――第八十六章 待つ者の火――

 翌朝、伊織は遠山家へ向かった。

 主水の文にあった通り、次に見るべきは「戻る者」ではなく、「待つ者」だった。伊之助は幼い文を許された。だが、それを周囲がどこまで待てるか。そこに次の点が打たれる。

 遠山家では、伊之助が父と手習いをしていた。父は相変わらず下手な字を書き、伊之助はそれを見て笑っている。だが廊下の端では、用人たちが硬い顔で控えていた。

 伊織は、その一人へ声をかけた。

「若君を待つのは、つらいですか」

 用人は驚いたように顔を上げた。

「……つらくないと言えば、嘘になります」

「なぜ」

「家には家の顔がございます。若君が幼い文をそのまま出せば、遠山家は侮られる。殿はお優しい。だが、家中の者は外の目も見ねばなりませぬ」

 伊織は頷いた。

「外の目を恐れることは、悪ではない」

 用人は意外そうな顔をした。

「ですが、その恐れを若君の名へ着せると、名は若君のものではなくなる」

 用人は黙った。

「待つことは、疲れる。ならば、その疲れを隠さず殿へ申し上げることです。隠せば、采女のような手がまた入る」

 しばらくして、用人は深く頭を下げた。

「……待つ稽古、でございますな」

 伊織は少し笑った。

「牧野でも、そう言っていました」

 その日の夕方、遠山家では父と用人たちが初めて話し合ったという。若君の文をどこまで外へ出すか。どこは家中で留めるか。誰が笑い、誰が支えるか。そういう小さな決まりを作り始めたらしい。

 寺へ戻ると、お澪は戻り帳に書いた。

 ――遠山家用人。
 ――幼き名を待つ疲れを認める。
 ――外の目を恐れつつ、若君の名を奪わぬ道を探る。
 ――待つ稽古を始める。

 伊織はその文字を見て、静かに息を吐いた。

 待つ者が、ひとり増えた。

 そして翌日は、久我家である。病める名を待つ者の疲れは、もっと深いだろう。病は、焦りも恐れも連れてくる。伊織は囲炉裏の火を見つめた。

 火は、強くしすぎれば薪を食い尽くす。
 弱めすぎれば消える。
 人を待つことも、それに似ていた。
 火を見ている者の手が、いちばん疲れるのだ。

 波瀾万丈の物語は、刀を抜かぬ日にも深く進んでいた。
 敵はまだ見えない。
 だが次の点は、待つ者の疲れに打たれる。
 伊織は、その見えない点を見落とすまいと、火の赤を胸に刻んだ。

(第87章につづく)

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