上田秀人を模倣し、武士の文化を描いた完全オリナル時代小説『刀影 ―武士の世を斬る者―』第七十四章

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第七十四章 逃げなかった言葉

 扉が閉じる音を、真崎玄十郎は黙って聞いていた。

 半九郎も動かない。

 十五年。

 死んだと思っていた父。

 死んだことにしていた父。

 自分の名を十六人の盾に使い。

 それを告げる約束から逃げ。

 別の名で生き。

 海を渡り。

 なお生きていた男。

 目の前にいる。

「父上」

 半九郎が言った。

 玄十郎の肩が僅かに動く。

「その呼び方は」

「嫌ですか」

「……いや」

「では」

 半九郎が一歩近づく。

「こちらを見てください」

 玄十郎は見なかった。

 代わりに榊兵庫へ。

「なぜ連れてきた」

「わしが連れてきたのではない」

「では」

「半九郎が来た」

「……」

「そなたが逃げ続けたからな」

 玄十郎がようやく半九郎を見る。

 その眼差しを受けた瞬間。

 半九郎の顔が歪んだ。

「本当に」

「……」

「生きていたのですね」

「ああ」

 半九郎の拳が飛んだ。

 玄十郎の頬へ。

 鈍い音。

 老人の身体がよろめく。

 新之介も玄斎も止めなかった。

 水野が一歩出かけたが。

 榊兵庫が首を振った。

「これは」

「今は止めるな」

 半九郎はもう一度拳を握った。

 だが二発目は出なかった。

 玄十郎が頬を押さえる。

「一発か」

「先生は二発と言いました」

 玄斎が慌てる。

「わしを出すな!」

 半九郎は父だけを見る。

「二発目は」

「何だ」

「話を聞いてから決めます」

 玄十郎が、ほんの少し笑った。

「……そうか」

 ◇

「座ってください」

 新之介が言った。

 玄十郎が彼を見る。

「榊原新之介」

「そう名乗っています」

「聞いていた通りだ」

「どなたから」

「何人からも」

「では一人ずつ後で」

「今そこを聞くか」

「今だからです」

 玄十郎は蔵の床へ腰を下ろした。

 半九郎も向かいに座る。

 間に灯り。

 榊兵庫。

 玄斎。

 水野。

 清太郎。

 吉松。

 そして新之介。

「記録します」

 清太郎が言う。

「嫌なら、その理由も」

 玄十郎が苦笑する。

「逃げ道がないな」

 半九郎が即座に答えた。

「父上が作ったやり方でしょう」

 玄十郎の笑みが消える。

「そうだ」

 ◇

「最初に」

 新之介が言う。

「本人確認を」

 半九郎の顔が強張る。

「まだですか」

「まだです」

「顔を見て」

「声を聞いて」

「幼い頃の記憶もある」

「それでも?」

「はい」

 玄十郎が頷いた。

「よい」

「何を確かめる」

 半九郎が問う。

「本人だけが知る秘密は、もう証になりません」

「盗まれるから?」

「はい」

「身体の傷も」

「作れる」

「筆跡も」

「真似られる」

「なら何を」

 新之介は玄十郎を見る。

「失敗した記憶です」

 玄十郎の目が僅かに動く。

「何」

「他人へ話したくない」

「自分でも忘れたい」

「しかも、その後の行いへつながっている記憶」

「榊原」

 玄斎が言う。

「厳しすぎぬか」

「だから一つだけです」

「半九郎殿」

「はい」

「父上が一番恥じていた失敗は」

 半九郎が考える。

 長い時間。

「母です」

 玄十郎の表情が変わった。

「母上が亡くなった時」

「父上は江戸にいなかった」

「どこへ」

「川越」

「何のため」

「米の調べ」

「戻った時には」

 半九郎の声が少し震える。

「母上は、もう話せませんでした」

 玄十郎が俯く。

「その後」

「父上は何度も」

「『米より先に帰るべきだった』と」

 新之介は玄十郎へ向く。

「何があったのです」

 玄十郎は答えない。

「言いたくなければ」

「いや」

 声が低い。

「申す」

 玄十郎は灯りを見る。

「川越で飢饉の予兆を追っていた」

「米蔵を調べ」

「商人を調べ」

「役人を調べた」

「妻から戻れと文が来た」

「何と」

「熱が下がらぬ、と」

「戻らなかった」

「なぜ」

「役目だった」

 半九郎が目を閉じる。

「その言葉を」

「ああ」

「父上は一番嫌っていた」

「だからだ」

 玄十郎は続けた。

「役目を言い訳にして、妻の死に目へ間に合わなかった」

「それから私は」

「役目を盾にするな、と」

 新之介が静かに言う。

 玄十郎が彼を見る。

「誰から聞いた」

「いろいろな方が同じ言葉を」

「元は私ではない」

「誰のでもよいです」

 玄十郎が頷いた。

「本人である可能性は上がりました」

 半九郎が問う。

「確定では」

「しません」

 玄十郎が少し笑った。

「それでよい」

 ◇

「父上」

 半九郎が正面から問う。

「なぜ生きていると知らせなかった」

「怖かった」

「手紙に書いていましたね」

「ああ」

「何が」

「そなたの顔を見るのが」

「なぜ」

「六歳の子の名を使った」

「はい」

「十五になれば話すと決めた」

「はい」

「だが十五になった頃」

「私はもう真崎玄十郎を死んだことにしていた」

「それでも会えた」

「ああ」

「ではなぜ」

 玄十郎の拳が震える。

「そなたが」

「何です」

「普通に育っていると聞いた」

「……」

「剣を習い」

「友を作り」

「私を死んだ父として恨みながら」

「それでも真崎半九郎として生きていた」

「だから」

「私が現れれば」

「全部戻ると思った」

「何が」

「六歳の時の名簿へ」

 半九郎の顔が険しくなる。

「父上」

「何だ」

「私を守るため?」

「……そう思っていた」

「違うでしょう」

「……」

「自分が嫌われるのが怖かった」

 玄十郎は答えない。

「守るためなら」

「私へ真実を伝えて、離れることもできた」

「はい」

「私が会いたくないと言えば」

「それを受け入れればよかった」

「はい」

「でも」

「父上は」

「私が『父上を許さない』と言うのが怖かった」

 玄十郎の目に涙が浮かぶ。

「そうだ」

 半九郎が息を吐く。

「ようやく」

「何だ」

「父上が人に見えます」

 ◇

 玄斎は顔を逸らした。

 新之介が見る。

「先生」

「何だ」

「泣いています?」

「膝が痛い」

「目から」

「膝人は目からも来る!」

「初めて聞きました」

「黙れ」

 ◇

「十六人の件を」

 水野が問う。

「玄十郎殿自身から聞きたい」

「よい」

「なぜ十六人を船から抜いた」

「弁財丸へ乗れば、戻らぬと分かった」

「誰から」

「相模屋長兵衛」

「本人が人売りに」

「関わっていた」

「だが途中から」

「壊そうとした」

「なぜ」

「娘の年頃の子が入っていた」

「それで初めて?」

「そうだ」

「遅いな」

「分かっている」

 玄十郎は逃げない。

「十六人を抜けば補充される」

「だから半九郎殿の名を」

「ああ」

「誰が考えた」

「私だ」

 お菊も御影も。

 誰かへ責を分けられるはずだった。

 玄十郎はしなかった。

「反対した者」

「鷹見宗一郎」

「御影宗太郎も?」

「最初は賛成した」

「後で」

「反対へ回った」

「なぜ」

「半九郎が六歳だと知ったからだ」

 半九郎の顔が変わる。

「知らずに?」

「名だけで考えていた」

「それが」

 新之介が言う。

「始帳と同じです」

 玄十郎が目を閉じる。

「そうだ」

「誰かを一つの名として見た」

「腹を見なかった」

「……そうだ」

 ◇

「十六人を助けた夜」

 玄十郎が続ける。

「私は正しいと思っていた」

「翌朝」

「半九郎の寝顔を見た」

 半九郎の目が動く。

「六歳の子だった」

「分かっていたはずなのに」

「名簿へ書いている時には」

「真崎半九郎という名しか見ていなかった」

「人を見ていなかった」

「その時」

 玄十郎は手を握る。

「自分が御影と同じところへ足を入れたと分かった」

「それで第四冊を」

「作り始めた」

「本人を立ち会わせる」

「記録で人生が変わる者を」

「役人だけで決めない」

「ああ」

 新之介が問う。

「つまり第四冊は」

「理念ではなく」

「失敗から生まれた?」

「そうだ」

「なら」

「それも記録します」

 玄十郎が笑う。

「格好がつかぬな」

「必要ありません」

「何が」

「格好です」

 ◇

「お菊殿を大奥へ送ったのは」

 半九郎が問う。

「私だ」

「なぜ」

「真崎家へ置けば」

「そなたと同じく狙われる」

「だから将軍家へ」

「御影から最も遠いと思った」

「実際は」

「一番近かった」

「間違いでしたね」

「ああ」

「お菊殿本人へは」

「聞いた」

「どんな聞き方を」

 玄十郎が止まる。

「何」

「『城へ行けば生きられる』」

 半九郎が苦く笑う。

「それを選びと」

「当時は思った」

「今は」

「脅しに近い」

「はい」

 ◇

「そなたが真崎玄十郎の名を捨てた後」

 榊兵庫が問う。

「何をしていた」

「海へ出た」

「弁財丸以前の船を」

「追った」

「何隻見つけた」

「確かなものは四隻」

 水野が身を乗り出す。

「名は」

「今は記録がない」

「記憶で」

「二隻は分かる」

「後で」

「なぜ今言わぬ」

「人の名も載っているからだ」

 新之介が玄十郎を見る。

「覚えましたね」

「そなたより前からだ」

「失礼しました」

「ただ」

 玄十郎は続ける。

「そこで御影より古い仕組みを知った」

「始帳?」

「さらに前だ」

 一同が黙る。

「まだあるのか」

 玄斎が呻く。

「先生」

「何だ」

「今回は私もそう思いました」

「そうだろう!」

 ◇

「何です、その仕組み」

 新之介が問う。

「名前はない」

「組織ですか」

「違う」

「慣例だ」

「どんな」

「飢饉」

「一揆」

「密貿易」

「異国船」

「幕府が表へ出せぬことが起きた時」

「一人を悪人へ仕立てる」

 始帳と同じ。

 だが玄十郎は首を振った。

「始帳は、それを書き残したものだ」

「では慣例が先」

「ああ」

「いつから」

「分からない」

「少なくとも」

 玄十郎は兵庫を見る。

「徳川以前にも似たことはあった」

「なら幕府だけの病ではない」

「人の病だ」

 新之介はすぐ言った。

「そう決めるのも早い」

 玄十郎が笑う。

「本当に面倒だな」

「皆」

「それは聞いた」

 ◇

「その慣例を守る者が」

 水野が問う。

「今も幕府にいる」

「ああ」

「川辺主馬の国主は」

「末端だ」

「末端?」

「川辺は、自分が最後の仕組みを作ったと思っている」

「違う?」

「もっと古い」

「誰が」

 玄十郎は灯りの火を見つめた。

「役名がある」

「何という」

「見捨役」

 半九郎が眉をひそめる。

「見捨てる役?」

「大事のために」

「誰を捨てるか決める」

 蔵の空気が冷える。

「始帳にあった」

 新之介が言う。

「百人を救うため十人を捨てる」

「あれを」

「人として務める者」

「そうだ」

「誰が今の見捨役」

 玄十郎は答えない。

「知っていますね」

「ああ」

「名を」

「その前に」

「何です」

「一つ確認させろ」

「誰を」

 玄十郎は新之介を見る。

「徳川家慶は」

「今、何人いる」

 玄斎が頭を抱えた。

「そこから説明するのか」

「必要だ」

「少なくとも三人」

 新之介が答える。

「本人候補二名」

「影武者を名乗った御影宗一候補」

「さらに藤吉殿の息子も家慶の顔を使った」

「では四人か」

「顔なら」

「役ならもっと」

「……」

 玄十郎の顔が険しくなる。

「遅かったかもしれぬ」

「何が」

「見捨役の仕事が」

「もう始まっている」

 ◇

「誰を捨てるつもりです」

 水野が問う。

「将軍だ」

「何」

「家慶を」

「本物も影も全部?」

「ああ」

「なぜ」

「将軍という名そのものを、一度死なせるため」

 半九郎が呟く。

「高札」

「家慶薨去」

 玄十郎が頷く。

「最初の偽高札は」

「影武者側の策と聞いています」

「それを利用した者がいる」

「誰」

「見捨役」

「名は!」

 水野が強く言う。

 玄十郎が彼を見る。

「水野隼人正」

「何だ」

「そなたは、その男を知っている」

「誰だ」

「大場も」

「阿部も」

「家慶も」

「皆、顔を知っている」

「だから名を!」

 玄十郎は静かに答えた。

「久松主膳」

 新之介の顔が変わる。

 御側衆。

 家慶の近くにいる男。

 偽声騒動の中でも、何度も名前が出た。

「久松殿は江戸城で」

「確保されたと」

「それは」

 玄十郎が言う。

「本人か」

 全員が黙った。

 玄斎が低く呻く。

「その問い、嫌いになってきた」

「私もです」

 新之介が答える。

 ◇

「見捨役は一人か」

「代々一人」

「名を継ぐ?」

「違う」

「役だけ」

「どう選ばれる」

「前任が選ぶ」

「何を基準に」

 玄十郎は答えた。

「捨てられる者を、一番早く決められる人間」

「最悪ですね」

「ああ」

「迷わない者」

「沢渡と似ている」

「沢渡は医者として迷いを嫌った」

「見捨役は政として嫌う」

「関係は」

「ある」

「沢渡が」

「今の久松を育てた」

 水野が刀の柄へ手を置く。

「では沢渡を問いただす」

「生きて捕えています」

 新之介が言う。

「江戸城に」

「なら急げ」

 玄十郎が立ち上がろうとする。

 半九郎が問う。

「父上は」

「何だ」

「また行くのですか」

「江戸城へ」

「その後」

「……」

「また消える?」

 玄十郎が止まる。

 半九郎は父を見る。

「仕事が終わったら」

「また私の前から」

「いなくなるつもりですか」

「半九郎」

「答えてください」

「私は」

「今決めてください」

 新之介が口を挟みかけ。

 止める。

 これは。

 半九郎が聞くべきことだ。

「私は」

 玄十郎が長く息を吐く。

「逃げない」

「本当に」

「ああ」

「役目があっても」

「終われば戻る」

「どこへ」

 玄十郎は苦笑した。

「それを」

「そなたに決めてもらいたい」

 半九郎の顔が険しくなる。

「違います」

「何」

「父上が決めてください」

 玄十郎が目を見開く。

「戻る場所を」

「人へ決めさせないでください」

 玄十郎は。

 しばらく息子を見ていた。

「……そうだな」

 ◇

 蔵を出る。

 川面に月。

 舟へ向かう途中。

 新之介が水面で足を止めた。

「どうした」

 玄斎が問う。

「刀」

「何」

「私が捨てた場所です」

「拾う気になったか」

「いいえ」

「では」

「少しだけ」

 新之介は水を見た。

「あの時」

「刀を捨てれば争わずに済むと思った」

「済んだか」

「少しは」

「ならよい」

「でも」

「武器を捨てることと」

「責任を捨てることは違う」

 玄斎が頷く。

「当たり前だ」

「はい」

「何を今さら」

「父と息子を見ていたら」

「誰の」

「いろいろな」

 玄斎が笑った。

「そなたもそのうち父になるか」

「話が急です」

「迷うだろうな」

「迷います」

「子が可哀想だ」

「先生」

「冗談だ」

 ◇

 舟へ乗ろうとした時。

 江戸城の方角から。

 火矢ではない。

 狼煙。

 一本。

 続いて二本。

 水野が立ち上がる。

「城内緊急!」

「何の印です」

「御座所封鎖」

「誰が」

「分からぬ!」

 さらに。

 川岸から馬が一頭。

 青山新六郎だった。

「水野様!」

「何が!」

「久松主膳が!」

 玄十郎の目が鋭くなる。

「本人か」

 青山が息を切らしながら答える。

「それを確かめる前に!」

「何があった!」

「沢渡玄隆を連れて消えました!」

「どこへ!」

「御座所!」

「そして」

 青山は新之介を見る。

「家慶公二名とも」

「御座所へ呼び入れられました!」

「誰の命で!」

「徳川家慶公です!」

 玄斎が怒鳴る。

「どの家慶だ!」

「分かりません!」

「よい!」

 新之介が叫ぶ。

「何がよい!」

「分からないと分かった!」

「今はそんな場合か!」

 ◇

「まだあります!」

 青山が紙を出す。

「御座所から御触れ!」

 清太郎が受け取る。

「読みます」

 ――徳川家慶二名。

 ――沢渡玄隆。

 ――久松主膳。

 ――鷹見静山一名。

 ――御影宗一一名。

 ――以上を御座所に集め。

 ――最後の見分を行う。

 新之介の顔が険しくなる。

「誰が見分人」

 清太郎が最後を見る。

「書いてあります」

「誰」

 ――榊原新之介。

 玄斎が舌打ちする。

「またそなたか」

「断ります」

「まだ続きが」

 清太郎が言う。

「何」

 ――榊原新之介が拒めば。

 ――真崎半九郎。

 半九郎の顔が変わる。

「私?」

 さらに。

 ――両名拒めば。

 ――見捨役が決する。

 玄十郎の顔から血の気が消えた。

「急げ」

「何が」

「これは見分ではない」

「では」

「処刑だ」

 半九郎が問う。

「誰を」

 玄十郎は江戸城の方角を見る。

「全員の前で」

「一人を偽物に決める」

「そして」

 一呼吸。

「残り全員に、その者を斬らせる」

 新之介の目が冷たくなる。

「なぜ」

「共同責任にするためだ」

「誰も後で逆らえないように」

「全員を共犯にする」

「そうだ」

「誰を斬る予定か」

 玄十郎は首を振った。

「それは久松にも決められない」

「では」

「その場で」

 玄十郎が言う。

「一番捨てやすい者を選ぶ」

 始帳。

 百人のため十人を捨てる。

 最後の見分。

 新三郎と帳面。

 そして今。

 人々を一室へ集め。

 その場で「捨てる一人」を決める。

「父上」

 半九郎が言った。

「はい」

「今度は」

 玄十郎が息子を見る。

「逃げませんね」

 玄十郎は答えた。

「ああ」

 そして新之介へ。

「榊原」

「何です」

「御座所で」

「何があっても」

「一人を選ぶな」

 新之介は舟へ乗る。

「選ばぬのではありません」

「では」

「選択肢の方を疑います」

 玄十郎が初めて。

 息子の前で、声を上げて笑った。

「宗一郎が気に入るわけだ」

 舟が岸を離れる。

 江戸城。

 御座所。

 そこに集められた。

 本物かもしれない将軍。

 影武者かもしれない将軍。

 御影。

 静山。

 沢渡。

 久松。

 そして。

 誰か一人を捨てるための場所。

 月明かりの下。

 新之介は静かに言った。

「今度こそ」

「問いを作った者から」

「見分ます」

(第七十五章へ続く)

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