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藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十三章・第十四章
第十三章・残されし影 朽木源四郎が討たれた翌朝。 江戸の空は快晴だった。長く垂れ込めていた重い雲が嘘のように晴れ、白壁の町並みが光に映えている。 だがその澄んだ空とは裏腹に、城中では密やかに波が立ち始めていた。 水野忠邦邸、奥書院。 ... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十一章・第十二章
第十一章・動く影 江戸の空が白んだ。 小石川の坂の上、田淵典膳の屋敷には、ひとときの緊張が流れていた。 庭先の梅が咲き始め、かすかに香りを漂わせていた。 志乃はその梅の木の下にいた。 髪を下ろし、白布で傷の手当てを終えた腕を包んでい... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第九章・第十章
第九章・夜を越えて その日、江戸には細かな春の雨が降っていた。 しっとりと濡れた瓦の色は鉛のようで、町のざわめきすら、どこか遠く鈍く響いているように思えた。 新九郎と志乃は、町屋の一角にある小さな茶店の裏間に身を寄せていた。 「……内藤... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第七章・第八章
第七章・春雷の兆し 春は、ある日ふいに匂いを変える。 その朝の風は、まさにそれだった。寒さの底にかすかな湿気を含み、かき交ぜるような気配を運んでくる。 香月庵裏の闘いから二日が経ち、町は穏やかな陽差しに包まれていた。だが、新九郎の胸の... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第五章・第六章
第五章・香の余韻 春の風が、浅草寺の瓦を撫でていた。 志乃は、町屋の二階の窓辺に座り、遠くの空を見つめていた。ほんの数日前まで、自分がこんな世界に足を踏み入れることになるとは、夢にも思っていなかった。 兄の死。 柿本新九郎との出会い... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第三章・第四章
第三章・春霞の影 品川からの帰り道、新九郎は芝の裏通りで一人の娘とすれ違った。 年の頃は十八か、十九。紺の小袖に、白の細帯をきゅっと結び、黒髪は清潔な島田に結われている。ぱっと見て目を引く美貌であったが、それ以上に印象に残ったのは、そ... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第一章・第二章
第一章・藪の中の男 春まだ浅い江戸の外れ、品川宿から西へ半里ばかり離れた、湿り気の多い藪原のあたりに、その男はひっそりと暮らしていた。 男の名は柿本新九郎。齢は三十五を越えたばかり。かつては江戸留守居役として名を馳せた但馬守家中の中堅... -
司馬遼太郎を模倣した小説『蒼穹の翼ー山本五十六伝ー』最終章
第十八章 誰が戦争を終わらせるのか 昭和十八年四月十八日。 帝国海軍は、ひとつの星を失った。 “連合艦隊司令長官 山本五十六、大東亜戦争戦没” 新聞の見出しは、簡潔だった。 だがその背後にある“真実”を、民衆は知らなかった。 彼が、ど... -
司馬遼太郎を模倣した小説『蒼穹の翼ー山本五十六伝ー』第十五章・第一六章
第十六章 静かなる異端 「……講和を、探るべきだと思うのだ」 ラバウルの夕暮れ。 五十六は、古参の参謀・宇垣纒中将に、ぽつりと呟いた。 それは、明確な命令でもなければ、公式な戦略でもない。 ただの「私語」だった。 「戦争というものは... -
司馬遼太郎を模倣した小説『蒼穹の翼ー山本五十六伝ー』第十四章
第十四章|沈黙の前線 昭和十七年九月。 ソロモンの海に、乾いた焦げたような風が吹いていた。 山本五十六は、ラバウルにいた。 連合艦隊司令長官たる者が、司令部をトラック諸島から南下させるなど、常識ではあり得なかった。 だが、彼は、己の...