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松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十七章・第六十八章
第六十七章 拒絶の臍帯(さいたい) 夜明け前の霞が関は、冷たい霧に包まれていた。 照明の灯る一部の庁舎を残し、官僚の動きも鈍い。だが、その沈黙の裏では、いくつもの会議が、密かに、重たく進行していた。 警察庁地下三階の第七会議室。 壁一面のモ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十五章・第六十六章
第六十五章 記憶の対価 八月最後の午後、都心の温度は37度を超えていた。 霞が関の古びた合同庁舎。その最上階――廃室に近い書類保管室の一角に、一人の男がいた。 退官から既に十年が経っているにもかかわらず、彼は今なお省の一室に自由に出入りできる“... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十三章・第六十四章
第六十三章 冷たい手 霞が関の空は、梅雨入り前の湿った曇天だった。 経産省旧庁舎の最上階。冷房の効いた会議室に、内閣情報調査室の職員をはじめ、警察庁、総務省、外務省の一部局から集められた六人の男たちがいた。壁には「統合対策会議」と書かれた... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十一章・第六十二章
第六十一章 沈黙の地図 福島県西白河郡矢吹町――。 小雨に濡れる田畑の向こう、山裾にぽつりと建つ廃校舎があった。鉄筋コンクリートの二階建て、かつては地元の中学校だったが、平成初期に統廃合されて以降、地元でも忘れられた存在となっていた。 だがそ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十九章・第六十章
第五十九章 記録者の終端(しゅうたん) 神田神保町。雨上がりの午後、古書の匂いが通りの石畳に染み込んでいた。 上條省吾は、濡れたブーツの裏を気にしながら、細い裏路地にある喫茶店へと入っていった。店の名は「白樺」。戦後まもなく開業し、数多の... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十七章・第五十八章
第五十七章 火口の声 外は、雨だった。 浅草観音裏の蔵の中で、上條省吾と宇津木静馬は無言のまま作業を続けていた。手元のスキャナが、昭和中期の褪せた紙を一枚一枚データに変換し、外部ドライブに転送されていく。 機械音だけが響く空間で、二人の間に... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十五章・第五十六章
第五十五章 密約の残像 上條省吾が第三庁舎を脱出したのは、午前2時12分。深夜の霞が関は、霧雨にけぶっていた。地下から地上へ出る非常口は、通用門の裏手に設けられた狭隘な通風口だった。錆びた金網を外し、膝をついて泥にまみれながら彼は這い出した... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十三章・第五十四章
第五十三章 冷たい帳簿 ――黒いコートの男が残した言葉、「君は、開けてはならない扉を開けた」。 あの瞬間から、上條省吾は時間の流れに亀裂が入ったような錯覚に陥った。 照明が消え、暗闇に沈んだ資料保管室で、背後の足音と衣擦れの音が遠ざかっていく... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十一章・第五十二章
第五十一章 記憶の檻 昭和の終わりに建てられた集合住宅の一角で、上條省吾は久方ぶりに懐かしい空気を吸っていた。壁紙は黄ばんで剥がれ、畳の縁は擦り切れ、台所の換気扇には長年の油が染みついていた。だが、この荒れた空間が彼には妙に心地よかった。... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第四十九章・第五十章
第四十九章 《特別監視区域》 霞が関の一角。旧建設省庁舎の地下三階にある機密会議室には、冷気のような沈黙が支配していた。 長方形のテーブルを囲むのは、内閣官房副長官補、内閣情報調査室室長、防衛省参事官、公安調査庁次長、そして国家安全保...