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佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第六章・第七章
第六章 風の穴 その朝、町は風の音に穴が空いていた。 風そのものは吹いていた。だが、吹きながら自分の音を持っていなかった。音が死ぬと、風はただの“圧”になる。湿った、薄い圧。 その圧が、家の板戸を押しては戻し、押しては戻し、壊れもせず、... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四章・第五章
第四章 水辺の灯 川の水は、火事の翌週になっても、焦げの薄皮をかぶっていた。春の入口なのに、冬の息を引きずっていた。季節は律儀なようで、案外、だらしない。切り替えが下手だ。人間と似ている。人間が季節に似るのではなく、季節が人間に似るのだ... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第二章・第三章
第二章 港の背骨 朝は、焼け跡にだけ公平だった。 誰が泣こうが、誰が怒鳴ろうが、朝は勝手に薄ら明るくなる。都合は聞かない。意思を尊重する気もない。太陽はこの国で一番冷淡なものだ。気象庁は彼を讃え過ぎている。あれは称える対象ではない。た... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』プロローグ・第一章
プロローグ「私の見た町」 この町は、いまはきれいに舗装され、犬も神妙に散歩している。昔は土が剥き出しで、雨が降るとすぐ泥になった。泥は正直で、ついた足跡のとおりに人が生きた。戦があった年、空から火が降って、家は軽く燃え、親は重く沈んだ。... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』第九章・第十章
第九章 情の鎖、血の鎖 初代お玉の影が沈んだ池は、何事もなかったかのように静寂を取り戻していた。 だが、その静けさは、嵐の前の息遣いにも似ていた。 源海は、お玉をそっと抱き上げ、家まで送り届けた。 娘は疲労と恐怖から気を失っている。 ... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』第七章・第八章
第七章 影縫いの水底 源海は、何度も目をこすった。 昨夜見た光景が、夢でなかったことを否応なく認めざるを得なかった。 池の底から浮かび上がった白い影。 お玉を攝(と)ろうとするような、水の怒り。 あれは、願いでも幻でもない――生きた意... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』第五章・第六章
第五章 縁を結ぶもの、断つもの 冬の足音が近づくにつれ、池の気配はいよいよ濃くなっていった。 水面はいつもより黒く沈み、風が吹くと、底で何かが蠢いているように見える。 お玉はその前を通るたび、胸の奥に冷たい指が触れるような感覚を覚えた... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』第三章・第四章
第三章 沈む月、浮かぶ心 秋祭りの賑わいは去り、町にはひんやりとした静けさが戻っていた。 提灯の残り香も薄れ、昨日までの高揚はまるで幻だったかのように夜風へ消え込んでゆく。季節は確かに冬へ向かい始めている。表通りの喧噪は遠のき、家々の... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』第一章・第二章
第一章 水面に揺れる影 江戸の町がまだ若く、町人も侍も、明日という言葉を少し頼りなげに口にしていた頃のことである。神田と日本橋の境近くに、それほど大きくもない池があった。水は澄み、周囲の柳が風にささやけば、波紋は静かな音も立てず、ただ広... -
平岩弓枝
平岩弓枝を模倣し、「お玉ヶ池事件」を題材にした完全オリジナル長編小説『お玉が池』ープロローグー
🩸江戸の恋が呼んだ悲劇――お玉が池事件とは? 江戸の町に伝わる“血の池伝説”の真相に迫る 🔶はじめに:地名に刻まれた女の涙 東京・千代田区神田にある「お玉が池(おたまがいけ)」―― 現在では池も跡形もなく、オフィス街の一角にひっそりと名だけが残っ...