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松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第三十七章・第三十八章
第三十七章 供述者の影 六月の雨は、東京のアスファルトに冷たい黙を落としていた。国会記者クラブの一室。記者たちのざわめきは、午後三時を回っても収まることがなかった。 奈々は白いブラウスに身を包み、用意された長机の前に座っていた。顔には明ら... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第三十五章・第三十六章
第三十五章 静かなる霧 雨は、深夜の東京にしっとりと降っていた。 それは、あらゆる輪郭を滲ませ、真実と虚構の境界線を曖昧にするような降り方だった。人々の息づかいも車のエンジン音も、アスファルトに吸い込まれ、街は鈍い心音だけを響かせていた。 ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第三十三章・第三十四章
第三十三章 重奏する沈黙 かすかな雨が降っていた。 梅雨入り前のどんよりとした空の下、梶村奈々は新宿御苑の北側、外れの公園にいた。長袖のジャケットにフードをかぶり、ベンチに座っている。手元のトートバッグには、岩倉貞明が遺した手帳の複写と、... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第三十一章・第三十二章
第三十一章 暴露の刻(とき) 都心のビル街に朝の陽光が差し込む頃、梶村奈々はひとり、出版社の小さな会議室にいた。机上にはノートPCと、USBメモリ、そして分厚いファイルの束。昨夜、高村辰夫の邸で手に入れた「記録群」がそこに広げられていた。 外山... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第二十九章・第三十章
第二十九章 密室の協定 ドアが破られる音は、耳の奥に残響として残った。 それが現実のものだったのか、あるいは奈々の精神が見せた幻だったのか。気づけば、彼女は部屋の中央にしゃがみ込んでいた。外からの足音は、すでに遠ざかっていた。破壊された形... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第二十七章・第二十八章
第二十七章 断章の遺言 その朝、東京都港区の海辺にほど近い赤坂検察庁には、まだ梅雨入りを控えた初夏の湿気が淀んでいた。 梶村奈々は、ノートパソコンを膝に乗せたまま、応接室の硬いソファに身を沈めていた。彼女の視線の先には、無機質なスチール製... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第二十五章・第二十六章
第二十五章 迷宮の輪郭 東京・神田の一角、古書店が立ち並ぶ裏路地に、「文献堂」と書かれた小さな古書店があった。時間が止まったようなその空間で、梶村奈々は一冊の分厚い学術誌をめくっていた。 『国際神経毒性学会報告書1993年版』 目当ては、ある研... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第二十三章・第二十四章
第二十三章 交錯する斑影 刑事・柳田は、錦糸町駅近くの喫茶店の窓際で、じっと雨に濡れるアスファルトを見つめていた。コーヒーには口をつけず、ただ右手の指先だけが微かに動いている。その指の動きは、長年の習慣である――追い詰められたときに出る癖だ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第二十一章・第二十二章
第二十一章 影の契約 霞が関の地中深く、照明の消えた資料室で、矢代雅史と香西誠二は“国家の眼”に照らされていた。 目の前の老人――国家戦略室の非公式顧問と名乗った男は、飄々とした物腰とは裏腹に、絶対的な支配の空気を纏っていた。 「我々は、君... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第一九章・第二十章
第十九章 傍聴の檻 梅雨の雨脚が永田町の舗道を濡らし、路面に溜まった薄汚れた水たまりに、国会議事堂の逆さの姿がゆらゆらと揺れていた。 その中心、警備が最も厳重な国会議事堂本館。その“第九セクション”という聞き慣れぬ部屋を指す手がかりが...