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佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十二章・第四十三章
第42章 影の声が濡れる朝 翌朝、胸の奥でまた微かな疼きがした。 痛みではない。 泣いているわけでもない。 ——影の息が湿っている。 喉の奥に湿った空気が引っかかるような、そんな感覚だった。 節子が夜のあいだ、ちゃんと寝床で眠ったのか... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十章・第四十一章
第40章 影の食卓 翌朝、少年は胸の奥の骨の痛みで目を覚ました。 痛みは鋭くはなかったが、鈍く、重く、沈んだ。 まるで、自分の肋骨のひとつが、夜のあいだに勝手に成長しすぎた子どものように騒ぎ始めたのだ。 痛みがあるということは、影がま... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十八章・第三十九章
第38章 兄妹の影のなかで 雨はまだ校庭に湿りを残していた。 空は白く濁り、色を持とうとしない。 戦争が終わったあと、空はいくぶん怠惰になったように思える。 晴れたかと思えば曇り、曇ったかと思えば降り出す。 まるで、生き残った人間たち... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十六章・第三十七章
第36章 雨の骨と、土に戻らない影 雨はとうとう降り始めた。 最初の一滴が校庭の端の石に落ち、次の一滴が焼けた瓦の破片に落ちた。 その音は、誰かが深く息を吐いたような、疲れた静けさだった。 雨が土を打つ匂いは、戦争の匂いと混ざって、町... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十四章・第三十五章
第34章 紙飛行機と、空の底に落ちない言葉 その日の朝、風はいつもより強かった。 瓦礫の角を越えて、焼け跡の屋根を越えて、井戸の水面を波立たせ、灰を巻き上げ、少年の頬に触れた。 風の中に、声が混ざっているような気がした。 昨日書いた“声... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十二章・第三十三章
第32章 骨の音と、誰も知らない未来のかたち 風が変わった。 冷たさを含んで、しかし刺すような冬の風ではない。 空気の底に、かすかな湿りと泥の匂いがある。 季節が動いているのだ、と少年は思った。 戦争が終わっても、季節だけはやめずに巡... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十章・第三十一章
第30章 拾われた言葉と、まだ燃え残る火 戦後の朝は、どこかで必ず煙が上がっている。 炊事の火か、瓦礫を焼く炎か、誰かが失ったものを弔うための火か。 どれがどれだか分からないまま、人はその煙の匂いを吸い込む。 煙を吸うということは、こ... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第二十八章・第二十九章
第28章 文字と骨と、風の蛇行 戦後の町には、音が変な形で戻ってくる。静けさの中から突然割れるように聞こえる子どもの笑い声や、誰かが物を落とした音、破れた戸が風に叩かれる音。それらは、戦前には何でもない日常だった。しかし今では、町全体がそ... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第二十七章
第27章 配給の列と、薄い白い液体 配給というものは、戦争中も戦争後も、たいして品のよくならない行事である。列を作って待ち、怒鳴り声かため息かのどちらかを聞かされ、ようやく手にした袋の軽さに肩を落とす。違うのは、戦争前には多少なりとも「次... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第二十六章
第26章 白い布と、壊れた机を囲む子どもたち 翌朝、少年は、昨日とは少しだけ違う気持ちで目を覚ました。 釜戸の灰はまだ冷たく、湯気ひとつ出ていない。 だが、その冷たさがいやに素直に身体に馴染んだ。 人間というのは、火のない朝にも慣れる...