佐藤愛子– category –
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佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十八章・第四十九章
第48章 影の押す手が胸に触れた日 翌朝、少年は深い呼吸で目を覚ました。 昨日よりも肺が軽く、胸が広がっている気がした。 節子の影が喋り、歩き、宿をつくってからというもの、 少年の胸の奥の“湿り”が完全に消えていた。 湿りが消えると、世... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十六章・第四十七章
第46章 影が沈む朝、そして残る声 節子の影が言葉を発してから、夜はしばらく動かなかった。 世界がその一言を受け止めるのに時間をかけているようだった。 “生きたかった”という言葉は、火の残り香よりも濃く、 死の匂いよりも重く、その夜の空... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』
第44章 影が言葉になる前に 少年は、夜明けの手前で目を覚ました。 昨日よりも胸が湿っていた。 湿りというより、胸の奥に薄い布が貼りついた感覚—— 呼吸のたびに、その布がふわりと動く。 これは痛みではない。 悲しみでもない。 節子の影... -
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佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十二章・第四十三章
第42章 影の声が濡れる朝 翌朝、胸の奥でまた微かな疼きがした。 痛みではない。 泣いているわけでもない。 ——影の息が湿っている。 喉の奥に湿った空気が引っかかるような、そんな感覚だった。 節子が夜のあいだ、ちゃんと寝床で眠ったのか... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第四十章・第四十一章
第40章 影の食卓 翌朝、少年は胸の奥の骨の痛みで目を覚ました。 痛みは鋭くはなかったが、鈍く、重く、沈んだ。 まるで、自分の肋骨のひとつが、夜のあいだに勝手に成長しすぎた子どものように騒ぎ始めたのだ。 痛みがあるということは、影がま... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十八章・第三十九章
第38章 兄妹の影のなかで 雨はまだ校庭に湿りを残していた。 空は白く濁り、色を持とうとしない。 戦争が終わったあと、空はいくぶん怠惰になったように思える。 晴れたかと思えば曇り、曇ったかと思えば降り出す。 まるで、生き残った人間たち... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十六章・第三十七章
第36章 雨の骨と、土に戻らない影 雨はとうとう降り始めた。 最初の一滴が校庭の端の石に落ち、次の一滴が焼けた瓦の破片に落ちた。 その音は、誰かが深く息を吐いたような、疲れた静けさだった。 雨が土を打つ匂いは、戦争の匂いと混ざって、町... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十四章・第三十五章
第34章 紙飛行機と、空の底に落ちない言葉 その日の朝、風はいつもより強かった。 瓦礫の角を越えて、焼け跡の屋根を越えて、井戸の水面を波立たせ、灰を巻き上げ、少年の頬に触れた。 風の中に、声が混ざっているような気がした。 昨日書いた“声... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十二章・第三十三章
第32章 骨の音と、誰も知らない未来のかたち 風が変わった。 冷たさを含んで、しかし刺すような冬の風ではない。 空気の底に、かすかな湿りと泥の匂いがある。 季節が動いているのだ、と少年は思った。 戦争が終わっても、季節だけはやめずに巡... -
佐藤愛子
佐藤愛子を模倣し、野坂昭如の「火垂るの墓」時代を題材にした完全オリジナル長編小説『灰の味――或る少年の季節』第三十章・第三十一章
第30章 拾われた言葉と、まだ燃え残る火 戦後の朝は、どこかで必ず煙が上がっている。 炊事の火か、瓦礫を焼く炎か、誰かが失ったものを弔うための火か。 どれがどれだか分からないまま、人はその煙の匂いを吸い込む。 煙を吸うということは、こ...