西村京太郎を模倣し、『JR福知山線脱線事故』を題材にした小説、「終着駅の迷宮」(ラビリンス)第八十章・第八十一章

目次

第八十章 復元された議事録

 神戸の朝は、灰色の雲に覆われていた。冬の気配が強まり、駅前を行き交う人々の吐く息は白く曇る。新聞の社会面には大きな文字が踊っていた。

 《削除議事録、復元か 検察が新証拠提出へ》

 記事は、事故直前に開かれた持株会社会議の記録が、専門家によって部分的に復元されたと伝えていた。そこには、外部ファンドの名、そして「安全投資繰延」という語が明確に残されているという。

 ――決着の時が迫っている。

 検事・西村は、庁舎に入る前にもう一度記事を読み返し、拳を握った。


  • 1 緊張の開廷

 午前十時。神戸地裁の法廷は、これまでにない緊張感に包まれていた。

 記者席は満席、海外メディアの姿も目立つ。傍聴席には遺族が整然と座り、その表情は硬い。

 裁判長・村瀬が入廷し、審理開始を告げる。

 「本日は、検察が新たに提出した“復元議事録”について証拠調べを行います」

 スクリーンに、薄い文字列が浮かび上がった。ぼやけた部分もあるが、要所ははっきりしていた。

 《議題:安全投資計画》

 《L.M.氏提案:ATS設置を来期以降へ繰延》

 《広報方針:事故時は運転士過失を強調》

 場内がざわめいた。

 「これだ……」

 誰かの声が震え、遺族席から嗚咽が漏れる。


  • 2 検事の主張

 西村が立ち上がり、声を張った。

 「ご覧の通りです。削除されていた議事録の復元によって、外部ファンド代表マクスウェル氏が明確に“安全投資繰延”を提案し、その直後に“運転士過失を強調せよ”という広報方針が決定されていた事実が確認されました」

 木製の机を指で叩きながら続ける。

 「これは単なる助言ではありません。会社はその提案に従い、ATS設置を遅らせ、結果として百七名の命が奪われた。さらに事故後、責任を一人の運転士に押し付ける広報を選んだ――明確な隠蔽です!」

 記者たちが一斉にシャッターを切る音が響いた。


  • 3 弁護人の反撃

 弁護人・宮坂は素早く立ち上がった。

 「異議あり! この議事録は完全ではない。部分的な断片をつなぎ合わせたものに過ぎず、真正性は保証されていない!」

 村瀬裁判長が静かに問いかける。

 「検察。真正性をどう担保するのか」

 西村は即座に答えた。

 「デジタル・フォレンジックの専門家が解析を行い、改ざんの痕跡がないことを確認済みです。また、復元内容は複数の証人証言とも一致しています」

 宮坂はなおも食い下がる。

 「一致というのは主観的な解釈でしょう! 証人は自らを守るために記憶を都合よく語ることもある!」

 その時、遺族席から小さな声が聞こえた。

 「都合よく語っているのは……会社の方だ」

 静かな言葉だったが、場内を鋭く貫いた。


  • 4 証人の登場

 裁判長が指示し、復元作業に携わった専門家が証言台に立った。

 白髪混じりの技術者が、淡々と経緯を説明する。

 「削除されていたファイルは、通常の手順では完全に消去できません。断片は残ります。それを解析し、繋ぎ合わせた結果、今回の文章が復元されました」

 西村が尋ねる。

 「議事録の内容が意図的に削除された可能性は?」

 「極めて高い。通常業務ではここまで痕跡を残さない。特権レベルの操作が行われています」

 宮坂が反対尋問に立つ。

 「あなたは復元が完全だと言えるのですか」

 「完全ではありません。しかし、残された断片が偶然こう並ぶことはあり得ない」

 法廷は再びざわめきに包まれた。


  • 5 世論の奔流

 翌日の新聞とテレビは、この復元議事録を大きく報じた。

 《削除された“運転士過失強調”指示》

 《外資と会社の癒着、浮き彫りに》

 街頭インタビューでは、怒りと諦めの混じった声が相次いだ。

 「やっぱり隠してたんだな」

 「外資だけじゃない。会社も同罪だ」

 「運転士一人に押し付けるなんて、許されない」

 世論は徐々に、「会社と外資が一体となって隠蔽した」という認識に収斂し始めていた。


  • 6 弁護団の苦境

 大阪の弁護団控室。

 宮坂は額を押さえ、机に広げられた資料を見つめていた。

 「議事録がここまで明確なら、反論の余地は少ない……」

 若手弁護士が恐る恐る言った。

 「マクスウェル氏の証言が得られない以上、これを“決定的”と見なすのは危険では?」

 宮坂は苦笑した。

 「危険なのは我々だ。このままでは会社が全面的に敗訴する」


  • 7 検察の決意

 一方、検察庁。

 西村は復元議事録を前に、深く息を吸った。

 ――これは迷宮の中心に近づいた証だ。

 だが、まだ終着駅ではない。判決を得るまで、油断は許されない。

 部下が言った。

 「世論は完全にこちら側です」

 西村は首を振った。

 「世論に流されてはいけない。必要なのは“事実”だ。事実だけが、この迷宮を抜け出す鍵になる」


  • 8 裁判長の言葉

 次の開廷日。

 村瀬裁判長は、静かに口を開いた。

 「復元議事録は、事故原因および隠蔽の有無を判断するうえで重要な証拠と認めます。今後はこれを前提に審理を進めます」

 弁護人・宮坂が小さく息を呑んだ。

 遺族席では、誰かが手を合わせ、涙を拭った。


  • 9 夜の独白

 その夜。

 西村は一人、神戸の街を歩いていた。冬の風が冷たく、ネオンの光が川面に揺れている。

 ――マクスウェルは来なかった。しかし、議事録が彼を呼び寄せた。

 彼の影は法廷に残り、今も答えを求められている。

 西村は立ち止まり、空を仰いだ。

 「終着駅は近い。だが、その先に待つのは……」

 答えは、まだ霧の中にあった。


  • 7 検察の決意

 一方、検察庁。

 西村は復元議事録を前に、深く息を吸った。

 ――これは迷宮の中心に近づいた証だ。

 だが、まだ終着駅ではない。判決を得るまで、油断は許されない。

 部下が言った。

 「世論は完全にこちら側です」

 西村は首を振った。

 「世論に流されてはいけない。必要なのは“事実”だ。事実だけが、この迷宮を抜け出す鍵になる」


  • 8 裁判長の言葉

 次の開廷日。

 村瀬裁判長は、静かに口を開いた。

 「復元議事録は、事故原因および隠蔽の有無を判断するうえで重要な証拠と認めます。今後はこれを前提に審理を進めます」

 弁護人・宮坂が小さく息を呑んだ。

 遺族席では、誰かが手を合わせ、涙を拭った。


  • 9 夜の独白

 その夜。

 西村は一人、神戸の街を歩いていた。冬の風が冷たく、ネオンの光が川面に揺れている。

 ――マクスウェルは来なかった。しかし、議事録が彼を呼び寄せた。

 彼の影は法廷に残り、今も答えを求められている。

 西村は立ち止まり、空を仰いだ。

 「終着駅は近い。だが、その先に待つのは……」

 答えは、まだ霧の中にあった。


第八十一章 復元された議事録

 神戸の朝は、灰色の雲に覆われていた。冬の気配が強まり、駅前を行き交う人々の吐く息は白く曇る。新聞の社会面には大きな文字が踊っていた。

 《削除議事録、復元か 検察が新証拠提出へ》

 記事は、事故直前に開かれた持株会社会議の記録が、専門家によって部分的に復元されたと伝えていた。そこには、外部ファンドの名、そして「安全投資繰延」という語が明確に残されているという。

 ――決着の時が迫っている。

 検事・西村は、庁舎に入る前にもう一度記事を読み返し、拳を握った。


  • 1 緊張の開廷

 午前十時。神戸地裁の法廷は、これまでにない緊張感に包まれていた。

 記者席は満席、海外メディアの姿も目立つ。傍聴席には遺族が整然と座り、その表情は硬い。

 裁判長・村瀬が入廷し、審理開始を告げる。

 「本日は、検察が新たに提出した“復元議事録”について証拠調べを行います」

 スクリーンに、薄い文字列が浮かび上がった。ぼやけた部分もあるが、要所ははっきりしていた。

 《議題:安全投資計画》

 《L.M.氏提案:ATS設置を来期以降へ繰延》

 《広報方針:事故時は運転士過失を強調》

 場内がざわめいた。

 「これだ……」

 誰かの声が震え、遺族席から嗚咽が漏れる。


  • 2 検事の主張

 西村が立ち上がり、声を張った。

 「ご覧の通りです。削除されていた議事録の復元によって、外部ファンド代表マクスウェル氏が明確に“安全投資繰延”を提案し、その直後に“運転士過失を強調せよ”という広報方針が決定されていた事実が確認されました」

 木製の机を指で叩きながら続ける。

 「これは単なる助言ではありません。会社はその提案に従い、ATS設置を遅らせ、結果として百七名の命が奪われた。さらに事故後、責任を一人の運転士に押し付ける広報を選んだ――明確な隠蔽です!」

 記者たちが一斉にシャッターを切る音が響いた。


  • 3 弁護人の反撃

 弁護人・宮坂は素早く立ち上がった。

 「異議あり! この議事録は完全ではない。部分的な断片をつなぎ合わせたものに過ぎず、真正性は保証されていない!」

 村瀬裁判長が静かに問いかける。

 「検察。真正性をどう担保するのか」

 西村は即座に答えた。

 「デジタル・フォレンジックの専門家が解析を行い、改ざんの痕跡がないことを確認済みです。また、復元内容は複数の証人証言とも一致しています」

 宮坂はなおも食い下がる。

 「一致というのは主観的な解釈でしょう! 証人は自らを守るために記憶を都合よく語ることもある!」

 その時、遺族席から小さな声が聞こえた。

 「都合よく語っているのは……会社の方だ」

 静かな言葉だったが、場内を鋭く貫いた。


  • 4 証人の登場

 裁判長が指示し、復元作業に携わった専門家が証言台に立った。

 白髪混じりの技術者が、淡々と経緯を説明する。

 「削除されていたファイルは、通常の手順では完全に消去できません。断片は残ります。それを解析し、繋ぎ合わせた結果、今回の文章が復元されました」

 西村が尋ねる。

 「議事録の内容が意図的に削除された可能性は?」

 「極めて高い。通常業務ではここまで痕跡を残さない。特権レベルの操作が行われています」

 宮坂が反対尋問に立つ。

 「あなたは復元が完全だと言えるのですか」

 「完全ではありません。しかし、残された断片が偶然こう並ぶことはあり得ない」

 法廷は再びざわめきに包まれた。


  • 5 世論の奔流

 翌日の新聞とテレビは、この復元議事録を大きく報じた。

 《削除された“運転士過失強調”指示》

 《外資と会社の癒着、浮き彫りに》

 街頭インタビューでは、怒りと諦めの混じった声が相次いだ。

 「やっぱり隠してたんだな」

 「外資だけじゃない。会社も同罪だ」

 「運転士一人に押し付けるなんて、許されない」

 世論は徐々に、「会社と外資が一体となって隠蔽した」という認識に収斂し始めていた。


  • 6 弁護団の苦境

 大阪の弁護団控室。

 宮坂は額を押さえ、机に広げられた資料を見つめていた。

 「議事録がここまで明確なら、反論の余地は少ない……」

 若手弁護士が恐る恐る言った。

 「マクスウェル氏の証言が得られない以上、これを“決定的”と見なすのは危険では?」

 宮坂は苦笑した。

 「危険なのは我々だ。このままでは会社が全面的に敗訴する」


  • 7 検察の決意

 一方、検察庁。

 西村は復元議事録を前に、深く息を吸った。

 ――これは迷宮の中心に近づいた証だ。

 だが、まだ終着駅ではない。判決を得るまで、油断は許されない。

 部下が言った。

 「世論は完全にこちら側です」

 西村は首を振った。

 「世論に流されてはいけない。必要なのは“事実”だ。事実だけが、この迷宮を抜け出す鍵になる」


  • 8 裁判長の言葉

 次の開廷日。

 村瀬裁判長は、静かに口を開いた。

 「復元議事録は、事故原因および隠蔽の有無を判断するうえで重要な証拠と認めます。今後はこれを前提に審理を進めます」

 弁護人・宮坂が小さく息を呑んだ。

 遺族席では、誰かが手を合わせ、涙を拭った。


  • 9 夜の独白

 その夜。

 西村は一人、神戸の街を歩いていた。冬の風が冷たく、ネオンの光が川面に揺れている。

 ――マクスウェルは来なかった。しかし、議事録が彼を呼び寄せた。

 彼の影は法廷に残り、今も答えを求められている。

 西村は立ち止まり、空を仰いだ。

 「終着駅は近い。だが、その先に待つのは……」

 答えは、まだ霧の中にあった。

(第八十二章につづく)

※この小説はフィクションであり、実在の人物や団体とは一部の史実を除き関係ありません。西村京太郎風のリアリズムを重視し、架空の登場人物を通じて事件の構造に迫っていく構成になっています。

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