第十六章 闇市の声と骨の温度
朝の空気が乾いている。乾いているのに、ひどく湿っている気がした。人間の気配が湿り気を持つのだ。焼け跡の隙間から出てくる人々は、みな、地下足袋の底に吸い付いた灰を引きずって歩く。灰は軽い。軽いくせに落ちない。少年は、灰が落ちないのは、重さではなく、思い出だからだ、とくだらない比喩を思いつき、少しだけ鼻で笑った。笑った自分が、いちばん嫌いだ。
伯母は、空になった鍋を抱えて井戸端へ向かう。井戸は三つの家族で共用になった。順番を決める札も作られた。札は木片で、黒い墨で数字が振られた。誰が書いたのか。字が上手い。多分、元教師だろう。戦争は、字の上手い人をただの札係にする。少年は、順番を待つ人々の沈黙が嫌いだった。沈黙は、偽りの礼儀である。誰もが互いの腹の中を測っている。測りながら、礼儀を守る。その礼儀が一番うるさい。
列の奥で、子どもが咳をした。乾いた咳。乾いたのに、内側は湿っている咳。伯母は、鍋を抱き直し、視線を落とす。視線を落とすのは“関わらない”という大人の作法だ。少年も目をそらす。目をそらすのは“見てしまった責任”を回避するための最短の動きだ。責任は重い。重いから、皆、軽い視線で交わす。
その日の昼、闇市へ出た。闇市は、燃え残った倉庫の影にできた。暗い場所に、明るい声。声だけが光っている。光る声は、だいたい嘘だ。だが嘘が悪いわけでもない。嘘は、人の心をささやかに支える。真実だけでは、歯が立たない現実がある。少年は、粗末な布袋に家の残り物を詰めてきた。釘のような金属片、ほつれた帯、片方だけの草履。これが“商品”になるのか。ならない。ならないが、並べる。並べるという行為は、いつでも儀式だ。儀式が、人をわずかに救う。
闇市の真ん中に、魚の匂いがあった。魚は、匂いで先に売れる。匂いが客を寄せる。客は匂いに寄って、魚の形を確かめに来る。そしてがっかりして、値切る。商いは、がっかりの上に成立する。少年は、がっかりする前にがっかりしておいた。先にがっかりしておけば、これ以上落ちない。落ちないつもりで落ちるのが、いつものパターンだが。
緑色の袖なしを着た男が、少年の前に立った。歯のすき間から、煙草の匂いがする。煙草は、あるはずがないのに、ある。だから、闇市だ。
「これ、何に使うんだ?」
男がつまんだのは、曲がった釘。少年は、即答する。
「家を、もう一度、留めておくのに」
男は笑った。笑った拍子に、煙が一筋、歯のすき間から漏れた。煙は、罪の小さな記号だ。男は釘を戻し、帯を指差した。
「これなら、包むのに使える」
値はつかない。値段がつかないものを、物と呼ぶか。呼ぶ。名前がある限り、物だ。男は帯を握り、かわりに塩の小袋を置いた。塩は小さい。小さいのに、強い。少年は、強さが小さく存在するとき、人間は安心するのだと気づいた。大きい強さは、いつでも暴力だ。
伯母の顔が浮かんだ。塩の味を、伯母は“しみる”と表現する。しみるのは、傷があるからだ。傷がなければ、塩はしみない。塩がしみない生活を、人間は長いこと忘れている。少年は、塩袋を布袋に落とし、小さく会釈をした。会釈は、言葉の代わりの免罪符だ。免罪符は、戦時にも効く。
午後、空は薄く白んだ。白んだ空は、心の色だ。闇市の端で、バイオリンの音がした。誰が持っている。こんな時代にバイオリン。上手くはない。上手くはないが、旋律が埃を払う。音は埃を払うのに便利だ。少年は、音の出どころに近づかない。近づけば、何かを思い出す。思い出すのは、面倒くさい。面倒くさいものは、戦時下では贅沢だ。
家に戻ると、家がない。家は、もともとないのだから、問題はない。しかし、“戻る”という動詞が空回りする。その空回りが、少年を笑わせた。笑う自分が、また嫌いだ。伯母は、拾ってきた板で、小さな囲いを作っていた。囲いは、家の最小単位である。四角ければ、家だ。四角くなければ、風だ。伯母は、塩袋を見ると、何も言わずにうなずいた。うなずく時、人はどこを見るのか。たぶん、見ていない。
夕暮れ、寺の鐘楼が骨だけになっているのを見に行った。鐘は供出された。鐘がない鐘楼は、骨である。骨は、形が骨であるだけで、十分に物悲しい。少年は、骨の下で立ち止まった。骨の色は、灰とよく似ている。灰と骨は、混ぜると同じになる。混ぜると同じになる物同士は、区別されない。区別されないものは、罪を持たない。持たないはずなのに、見る者に罪悪感を与える。理屈に合わない。理屈が壊れるのが、戦争の仕事だ。
丘を降りる途中、少年は、紙切れを拾った。焦げた手紙の欠片。文字の半分が焼け、半分が残っている。“あなた”“早く”“帰る”。半分だけだと、意味は拡張される。“あなた”が誰でも良くなり、“帰る”場所もどこでも良くなる。半分は、いつも自由だ。自由は、残酷だ。残酷だから、魅力がある。少年は、紙切れを指で丸めた。丸めるのは、まるで小さな死体を作るみたいだ、と思った。こういう言い方を考える自分の癖が、また嫌いだ。
夜、薄い味噌の匂いがした。味噌は、匂いだけで腹をふくらませる。匂いとは、想像の食事である。伯母は、小さな鍋で何かを煮ている。何か、のままで良い。何か、でないと、争いになる。名前を言えば、奪い合いになる。奪い合いは、火より早い。少年は、鍋の蓋に手を伸ばさない。伸ばすと、手の甲を小突かれる。小突く力は弱い。それがなぜか、いちばん痛い。
食後、伯母は、縫い目の粗い布を取り出した。布の端に、細い糸で“しるし”をつけていく。しるしは、自分の物だという主張だ。主張は、静かにやるのが一番強い。大声は弱い。弱いから大声になる。少年は、膝を抱えて、そのしるしの動きだけを見た。糸が布に刺さり、抜ける。刺す、抜く。刺す、抜く。繰り返しは、安心を生む。安心は、塩より小さい。
眠れない夜が続くと、人は寝ることを忘れる。忘れると、眠気が消える。眠気のない夜は、永遠の練習だ。永遠にする価値はない練習。少年は、空を見た。星は見えない。見えないが、ある。見えないものが、見えるものより確かだということを、人はときどき知っている。知っているふりをする時、いちばん滑稽だ。
翌朝、配給所の前に列ができた。列は、国家の形である。国家は、列の長さで自分の存在を示す。列に並ぶのは、愛国でも反抗でもなく、ただの生活だ。少年は、列に入り、前の男の襟元の汚れを見た。汚れは、生活のハンコだ。洗えないから汚い。洗えないこと自体が、罪ではない。だが、汚れを見ると人は判断する。判断は、罪を呼ぶ。罪は、思考の習慣だ。
列の途中で、配給係の声が割れた。「今日はここまで」。ここまで、は、いつでも突然だ。突然であることが、公平なのか不公平なのか。公平は、たいてい残酷の言い換えである。後ろにいた女が泣いた。泣き方がわざとらしい、と誰かが囁いた。わざとらしい泣き方も、泣き方だ。涙は商品だ。商品は、場面で価値が変わる。ここは舞台だ。舞台では、泣いた者が勝つ。
帰り道、少年は、焼け跡の空き地で、曲がったスプーンを見つけた。スプーンは、生き延びた器具だ。器具は、状況に抗わない。抗わないのに、生き残る。生き残るのに、誇らない。誇るのは、人間だけだ。少年は、スプーンの曲がり具合を指で確かめた。指は、少し切れた。切れるほど柔らかい金属。柔らかいのは、弱さではない。疲れた強さだ。少年は、スプーンを布袋に入れた。袋の中で、塩とスプーンが擦り合う。音はしない。音のしない偶然は、友情に似る。
その日の夕方、伯母は、向いの女の家に行くと言った。いや、正確には“家だった場所”だ。女は、少し前まで夫を待っていた。待つという動詞が過去形になるとき、人はやっと座る場所を得る。女は、座る場所を得たが、そこには誰も来ない。伯母は、黙って布を持って行った。布は、役に立つ。役に立つものは、礼を要求しない。要求するのは、役に立たないものの方だ。
夜、近所で鐘の音がした。鐘など残っていないのに、音がする。音は、記憶のほうから来る。記憶のほうから来る音は、本物である。少年は、その音を、遠いどこかにいる自分へ向けた手紙のように受け取った。返事はいらない。返事が来る仕組みが壊れている。壊れているから、生きる側は一方的に出し続ける。
布袋の底に、昨日の紙切れが残っていた。“あなた”“早く”“帰る”。少年は、紙をもう一度広げた。広げると、焦げの臭いが強くなる。臭いは、忘れないほうの記憶だ。忘れないほうの記憶に、少年はゆっくり指をあてた。指は、塩のせいで荒れている。荒れた指で触れると、紙は強くなる。強さは、荒さから生まれる。やさしさからは、生まれない。
少年は、紙を畳んだ。畳むのは、しまうためだ。しまうのは、終わらせないためだ。終わらせないで、次の朝に持っていく。次の朝まで、生き延びる。生き延びるためだけに、呼吸を管理する。呼吸を管理するのは、国家の仕事じゃない。個人の仕事だ。個人の仕事を、国家は知らない。知らないまま、列を作らせる。列の先頭に光があることも、列の最後尾に闇があることも、国家は知らない。知っていても、知らないふりをする。
窓の外で、薄い風が鳴った。風は、いつも薄い。分厚い風など、聞いたことがない。伯母の寝息が、板壁に吸い込まれていく。板は、音を吸う。音を吸った板は、重くなる。重くなる板は、冬を耐える。冬は、まだ遠い。遠いのに、近い顔をしてやって来る。冬は、いつもそうだ。約束もせず、謝りもせず、来る。
少年は、目を閉じた。眠るのではない。目を閉じて、耳を大きくする。その耳の中で、闇市の声がまだ響いている。値段の数字、ため息、嘘、笑い。全部が、戦争の別名だ。別名で呼ぶと、恐怖は少し弱まる。本名で呼ぶと、恐怖は増える。少年は、あえて別名で呼ぶほうを選ぶ。弱めた恐怖は、たぶん、弱いままではいない。明日の朝には、また増える。増えるたびに、少し減らす。そうやって、生き延びる。
どこかで猫が鳴いた。猫は、名付けられたときだけ、猫になる。名付けられないとき、猫は影である。影は、踏んでも痛まない。痛まないから、踏んでしまう。踏んでしまうから、人間は、また自分の足音を憎む。足音は、いつだって、罪の先祖である。
少年は、紙を枕の下に置いた。塩の小袋は、枕の横に。曲がったスプーンは、布袋の底で眠らせておく。眠らせておけば、夢を見てくれるかもしれない。物が夢を見れば、人間は休める。人間が休むために、物は夢を見てほしい。そんなばかげた祈りを、少年は、心の奥へ突き刺す。祈りは、いつだって、刺して留めるものだ。留めておかないと、流れてしまう。
夜は、ゆっくり濃くなる。濃くなるたびに、音が薄くなる。薄くなった音の中で、少年は、やっと、呼吸だけは平らになった。平らになった呼吸は、いい。平らなものは、生き延びる。波立たないものだけが、続く。
続くこと。それが、勝利の唯一の定義である。戦争が考える勝利ではなく、生活が考える勝利。少年は、その定義だけを胸に入れて、目を閉じ続けた。開けるのは、明日の列の前。列の前で、また目を開ける。開け、閉じる。刺し、抜く。煮る、分ける。笑う、嫌う。そういう反復が、ようやく“生きている”を形作る。
闇市の声は、もう聞こえない。代わりに、遠いところで、微かに波の音がした。波は、約束を守る。必ず、戻ってくる。戻ってくるものを、信じる権利だけは、まだ奪われていない。少年は、その権利を、誰にも見せず、ひっそり握った。誰にも見せないものだけが、本当に自分のものだと、知っているからだ。
(第十七章につづく)

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