藤沢周平– category –
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藤沢周平を模倣した小説『風の残響』最終章
最終章・風の残響 春の雨が、神田の町を細かく濡らしていた。 しとしとと、庭の樹々を打ち、軒のしずくが長く垂れて落ちる。 加納新九郎は、田淵家の屋敷の縁側で、筆を止めたまま、雨の音に耳を傾けていた。 剣を置いて二十日余り。 毎日が静か... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十九章・第二十章
第一九章・御目見の座 江戸城西の丸御役屋敷。 早朝の白い靄がまだ城の庭を覆っている時刻、座敷の畳には、すでに複数の役人が座していた。 その中央には、老中・河尻備中守。そして彼に連なる筆頭目付・佐原平四郎が席に着き、その向かいに新九郎と... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十七章・第十八章
第十七章・静かなる決起 田淵家の庭は、朝霧に包まれていた。 白梅の木の枝に、昨夜の雨がしずくとなって残り、ぽたり、ぽたりと落ちる。 その音の中、新九郎は木刀を手に黙々と素振りを続けていた。 太刀筋は鋭く、無駄のない動きである。だが、... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十五章・第十六章
第十五章・流れる刃 夜の神田。火の見櫓の時の鐘が八つを打ち終えた頃、町のざわめきもようやく静まり、路地裏には人影もまばらとなった。 加納新九郎は、提灯を伏せ、黒羽織の裾を捌きながら小道を急いでいた。傍には、探索方の肥後屋文左衛門。 二... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十三章・第十四章
第十三章・残されし影 朽木源四郎が討たれた翌朝。 江戸の空は快晴だった。長く垂れ込めていた重い雲が嘘のように晴れ、白壁の町並みが光に映えている。 だがその澄んだ空とは裏腹に、城中では密やかに波が立ち始めていた。 水野忠邦邸、奥書院。 ... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第十一章・第十二章
第十一章・動く影 江戸の空が白んだ。 小石川の坂の上、田淵典膳の屋敷には、ひとときの緊張が流れていた。 庭先の梅が咲き始め、かすかに香りを漂わせていた。 志乃はその梅の木の下にいた。 髪を下ろし、白布で傷の手当てを終えた腕を包んでい... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第九章・第十章
第九章・夜を越えて その日、江戸には細かな春の雨が降っていた。 しっとりと濡れた瓦の色は鉛のようで、町のざわめきすら、どこか遠く鈍く響いているように思えた。 新九郎と志乃は、町屋の一角にある小さな茶店の裏間に身を寄せていた。 「……内藤... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第七章・第八章
第七章・春雷の兆し 春は、ある日ふいに匂いを変える。 その朝の風は、まさにそれだった。寒さの底にかすかな湿気を含み、かき交ぜるような気配を運んでくる。 香月庵裏の闘いから二日が経ち、町は穏やかな陽差しに包まれていた。だが、新九郎の胸の... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第五章・第六章
第五章・香の余韻 春の風が、浅草寺の瓦を撫でていた。 志乃は、町屋の二階の窓辺に座り、遠くの空を見つめていた。ほんの数日前まで、自分がこんな世界に足を踏み入れることになるとは、夢にも思っていなかった。 兄の死。 柿本新九郎との出会い... -
藤沢周平を模倣した小説『風の残響』第三章・第四章
第三章・春霞の影 品川からの帰り道、新九郎は芝の裏通りで一人の娘とすれ違った。 年の頃は十八か、十九。紺の小袖に、白の細帯をきゅっと結び、黒髪は清潔な島田に結われている。ぱっと見て目を引く美貌であったが、それ以上に印象に残ったのは、そ...
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