松本清張– category –
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松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第七十九章・第八十章
第七十九章 記録に血が滲む 東京・品川区、旧印刷工場地下―― 午後八時三十七分。記録劇場での第六回上演は、観客十九名を迎えて始まる予定だった。 だが、開演十五分前。控室の蛍光灯が一斉に明滅し、次の瞬間、爆音とともに舞台装置の一部が吹き飛んだ。... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第七十七章・第七十八章
第七十七章 鏡像の迷宮 東京・文京区、午後十一時過ぎ。 記録室仮設本部のモニターには、ネット上に突如現れた新たな記録アーカイブ「RECORDS-J」が映し出されていた。 「まったく同じUI、記述形式、そして証言のスタイルまで……」 高瀬ユリが眉を寄せる。... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第七十三章・第七十四章
第七十三章 沈黙と振動 新宿の地下鉄駅構内、午前九時十二分。 通勤ラッシュがようやく緩みはじめたタイミングで、ひとりの男が足を止めた。 男は黒いワークマンのようなジャケットを羽織り、無精髭をわずかに残したまま、ICカードも使わず券売機で切符を... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第七十一章・第七十二章
第七十一章 影の継承者 夜の霞が新橋の街を包み込んでいた。 その夜、赤松惣一郎は、ホテルニューオータニのロビーにいた。 「まるで昭和の遺影のような空気だな……」 装飾がやや古めかしいロビーの片隅で、赤松は窓の外を見つめていた。 かつては政治の密... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十九章・第七十章
第六十九章 顔を晒す者たち 午前十時。 《記録室》に投稿された片岡道隆の“実名告発”は、まるで嵐の予兆のようにネット空間を揺さぶった。ツイッターでは「#実名告発」「#片岡道隆」「#記録室の証言」が一気にトレンド入りし、特に若年層を中心に一種のカ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十七章・第六十八章
第六十七章 拒絶の臍帯(さいたい) 夜明け前の霞が関は、冷たい霧に包まれていた。 照明の灯る一部の庁舎を残し、官僚の動きも鈍い。だが、その沈黙の裏では、いくつもの会議が、密かに、重たく進行していた。 警察庁地下三階の第七会議室。 壁一面のモ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十五章・第六十六章
第六十五章 記憶の対価 八月最後の午後、都心の温度は37度を超えていた。 霞が関の古びた合同庁舎。その最上階――廃室に近い書類保管室の一角に、一人の男がいた。 退官から既に十年が経っているにもかかわらず、彼は今なお省の一室に自由に出入りできる“... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十三章・第六十四章
第六十三章 冷たい手 霞が関の空は、梅雨入り前の湿った曇天だった。 経産省旧庁舎の最上階。冷房の効いた会議室に、内閣情報調査室の職員をはじめ、警察庁、総務省、外務省の一部局から集められた六人の男たちがいた。壁には「統合対策会議」と書かれた... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第六十一章・第六十二章
第六十一章 沈黙の地図 福島県西白河郡矢吹町――。 小雨に濡れる田畑の向こう、山裾にぽつりと建つ廃校舎があった。鉄筋コンクリートの二階建て、かつては地元の中学校だったが、平成初期に統廃合されて以降、地元でも忘れられた存在となっていた。 だがそ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五十九章・第六十章
第五十九章 記録者の終端(しゅうたん) 神田神保町。雨上がりの午後、古書の匂いが通りの石畳に染み込んでいた。 上條省吾は、濡れたブーツの裏を気にしながら、細い裏路地にある喫茶店へと入っていった。店の名は「白樺」。戦後まもなく開業し、数多の...