松本清張– category –
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松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第十七章・第十八章
第十七章 亡霊の記憶 午後の霞ヶ関。官庁街の空はどんよりと曇っていた。午前中の騒動が信じられないほど、ビル群は沈黙し、人々は何も起きなかったかのように歩いていた。だが、その仮面の下に、わずかに蠢く不安と猜疑が、煙のように漂っている。 ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第十五章・第十六章
第十五章 再演の予兆 霞が関の一角にある公安調査庁庁舎、その地下にある応接室は窓もなく、空調の音さえ微かにしか聞こえない密閉された空間であった。照明は控えめで、資料とタブレット端末が並ぶテーブルを囲んで、矢代雅史と香西誠二、そして若い調... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第一三章・第十四章
第十三章 旧友の影 深夜一時過ぎ、雨は小康状態にあった。舗道に灯る街灯の光が濡れたアスファルトに反射して、不規則な幾何学模様を浮かび上がらせている。そんな道を、新聞記者の矢代雅史は濡れたコートの裾をひるがえしながら足早に歩いていた。 ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第十一章・第十二章
第十一章 録音された声 湾岸の風は、朝焼けの気配を孕みながら、どこか粘つくような湿りを持って吹いていた。 志水拓海と白井加奈子が降り立ったのは、お台場の倉庫街に並ぶ古びた建物の一角。薄く錆びたトタンの壁に、手書きの看板が掲げられていた... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第九章・第十章
第九章 逆光の証言 政界が揺れていた。 四月二十日、野党議員の追及によって「94計画」の存在が国会で言及され、数時間後、SNSと独立系ニュースサイトを中心に《国家がサリン事件を“誘導”していた疑い》という見出しが急速に拡散した。 テレビ局は... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第七章・第八章
第七章 継がれし記憶 午後の光が差し込む東京大学本郷キャンパス、赤門近くの古い研究棟の一室で、青年は記事を何度も読み返していた。 彼の名は志水拓海(しみず・たくみ)、理学部化学科に在籍する四年生だった。 机の上には、朝都新聞の一面と、... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第五章・第六章
第五章 声なき者たち その男は、眼鏡の奥に異様な静けさを宿していた。 「佐々木健一。元・警視庁公安部化学対策課所属」──白井加奈子の前に座った彼は、名乗りこそ素直だったが、その口調には一切の情緒がなかった。 都内、池袋の喫茶店。店内の客... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第三章・第四章
第三章 国の名のもとに 午後三時。神田神保町の古びた喫茶店に、佐伯隆一は独り、カウンター奥の席で湯気の立たないコーヒーカップを見つめていた。 店の名は《珈琲館ニレ》。かつて内務官僚や新聞記者がひそかに情報を交換し合った「中間地帯」だっ... -
松本清張を模倣し「地下鉄サリン事件」を題材にした小説『曇天の螺旋』第一章・第二章
第一章 仄暗い午前八時 春にしては空気がひどく重く感じられた。東京の空は鈍色に曇り、かすかな湿気が地表近くにたちこめている。午前八時を五分ほど過ぎたころ、新橋駅の地下にある日比谷線のホームには、朝の通勤客がいつも通りに密集していた。無表...
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